スイス環境保護協会によると、雪崩による被害額は年に1400万スイス・フラン(13億円U88年)にもなり、このまま酸性雨で森林が枯れていくと、被害は今後30年で440億スイス・フラン(4兆1000億円)に達すると予測している。 スイス国立森林研究所とチューリヒ大学の調査の結果、針葉樹が弱った原因は酸性雨によって土壌が酸性化したためと判明した。
同大学の試算では、亜硫酸ガスと窒素酸化物の78パーセントは国外からのものという。 スイスは厳しい自動車排ガス規制を実施して窒素酸化物の抑え込みをはかるとともに、森林全体の健康状態を掌握するために、5〜10年ごとに航空写真や土壌調査で被害の状況をつかもうとしている。
英国も、ヨーロッパ諸国からは汚染源として攻撃されているが、国内でも深刻な酸性雨の被害を抱えている。 1974年4月にスコットランドのピトロチリで降った雨はpH1.4を示し、食用酢(pH1.11)なみの「酸っぱい雨」だった。
すでに、森林の被害は約140万ヘクタールで、全森林の64パーセントに及んでいる。 被害面積の割合だけでみると、チェコスロバキアに次いでひどい。

建造物の傷みも深刻だ。 ロンドン名所のウェストミンスター寺院は石材の石灰岩が腐食してぐらぐらになり、セントポール大聖堂は外壁の彫刻がぼろぼろだ。
その他、リンカーン聖堂、ヨーク教会などでも外壁がはげ落ち、彫刻の腐食が進んでいる。 オランダも約500年前に建造されたセントジョン大聖堂が、まるで砂糖菓子のように崩れ出したり、通気口を通って入り込んでくる酸性大気で貴重な古文書が傷み、年間の被害は1000万ドルに達すると推定されている。
これまで、国内で大きな社会問題にならなかったフランスでも、森林被害面積は一13パーセントになり、西ドイツ国境に近いポージュ山脈では、樹木の3本に一本は枯れたり弱っているというほどに影響が深刻だ。 南部のジュラ山地ではニパーセントの森林が完全に枯れてしまった。
さらに、ローマでも市内を彩る数々の青銅や石の像、遺跡の傷みが進んでいる。 アテネでは、古代ギリシャの遺跡が倒壊寸前になって社会問題になっている。
とくに、古代ギリシャ、ローマの遺跡や遺品には大理石でできたものが多く、硫酸と化合すると石膏に変化してボロボロになり、崩れ80年代に入って、東ヨーロッパでも深刻な被害が現れてきた。 それは、ごく最近までは「国家機密」とされて、西側に流れた地下出版物や研究者からもれ聞く話でうかがい知るだけだった。
しかし、環境問題についても、一連の自由化で全容が明らかになるにつれて、あまりのひどさに世界が唖然となった。 東ドイツとチェコスロバキアの間に横たわるエルッ山地は、美しいマツ、モミ、トウヒなどの原生林が残され、東ヨーロッパのアルプスといわれてきた。
ハイキングやピクニックの名所でもあってしまうのだ。 観光客なら必ず訪れるパルテノン神殿の隣にあるエレクティオン神殿の大理石の女神像は、この十数年間に鼻が消え、衣のひだが見えなくなるほどに腐食して、今では博物館のガラスのケースに保存されている。
被害は野外にとどまらない。 アテネの国立考古学博物館の室内に展示されていた古代ギリシャの傑作「アルテミシオンのポセイドン」の青銅像も、表面に緑青が浮きだしている。

汚れた空気が室内に侵入してくるためだ。 北アメリカ大陸に降る酸の雨、米国で雨の酸性値が初めて公式に測定されたのは、1939年のことだ。
北東部のメーン州ブルックリンで測定した結果は、pH5・9の正常値だった。 その10年後、首都ワシントンで夏の雨この国の石油化学の中心のモストの町は、今やヨーロッパ最悪の汚染都市の汚名を着せられている。
日中でも自動車はライトをつけて悪臭の漂うスモッグの中を走らねばならない。 この町を一時間歩くと、タバコを20本吸った計算になるという。
ポーランドも破滅的な様相だ。 国内の森林の49パーセントがほぼ枯れ、南西部のシレジア地方のイゼルスキー山地では全山が枯れ木で覆われている。
炭鉱から吐き出される硫黄酸化物がその原因。 クラクフなど、第2次大戦の戦火を免れた歴史的な建物も、最近は酸性雨による傷みが激しく、それを測定したときはpH4・2を示し、すでに雨の酸性化が始まっていたことを示している。
1950年代後半に入って、各地で酸性雨が記録されるようになった。 73年に全米の数千の生徒が、各地に降った雨や雪の酸性値を測ったものが最初の全国調査となった。
この結果、ミシシッピ川の東側の広い地域で、pHが5・0〜5・5の酸性雨が降っていたことが分かり、山間部の雪では4・0〜5・0とさらに強い酸性だった。 「果樹園で雨の後、花びらの色が脱色した」「湖沼からめっきり魚が減った」「家の塗装が2〜3年しか持たなくなった」といった異変が報告され始めたのもこのころからである。
大気汚染が原因となる酸性雨に否定的な立場をとる自動車産業や電力会社は、酸性雨の成因には終始疑問を投げかけてきた。 その因果関係が明らかになったのは、コーネル大学の生態学教授J・R博士に負うところが大きい。
ライケンス博士は63年以来エール大学のH・B博士らとともにニューハンプシャー州ハバードブルック実験林で酸性雨の観測と、自然への影響の研究を続けてきた。 ここの20年に及ぶ観測結果によって酸性雨をめぐる因果関係雨と、悪化をたどる米国北東部での酸性雨被害が明らかになってきた。
米国でもっとも酸性雨の被害のひどいのは、工業地帯を抱える北東部一帯である。 環境保護局(EPA)のまとめたデータによると、pH4・0〜4・5が普通になっている。
とくにニューョーク市では雨の平均pHは4・3、このハバードブルック実験林では4・0になっている。 汚染大気が吹きだまるペンシルバニア、ニューヨーク、ニューハンプシャーの山岳地帯ではpH3・9〜4・0という強い酸性値を記録しており、pH3前後という雨もそれほど珍しくなくなってきた。

米議会技術評価局(OTA)が発表した『酸性雨と長距離移動大気汚染』(84年)は、初めての本格的な報告書だ。 調査対象となったのは北東部のニューイングランド諸州やニューヨーク州など9州27地域で、一万7059湖のうち、55パーセントの94一13湖が影響を受け、11993湖がすでに深刻な被害を受けている。
河川では総延長18万7877キロのうち、40パーセントの7万8488キロが危機に瀕し、3万950一キロが顕著な被害に見舞われている。 報告書は「何らかの大気汚染防止措置がとられない限り、汚染地域の湖や河川は死に絶えてしまう」と結論づけている。
さらに、米国環境防衛財団やEPAの最近の調査では、酸性雨の被害は森林や湖沼だけでなく、海洋の赤潮にも及んでいる。 チェサピーク湾など東部の湾や入り江を対象に調べたところ、赤潮の引き金になる富栄養化の原因になる栄養塩類の一15パーセントが、酸性雨によってもたらされていた。
ニューヨークからノースカロライナ州にかけての東部海岸で、広範囲に同じ現象が認められた。 酸性雨には、肥料になる窒素酸化物が多く含まれ、畑から河川を通って流れ込む化学肥料や生活・産業排水、家畜のし尿などよりも、富栄養化の大きな原因になっていたのである。

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